もっと多様な選択肢を

高齢者施設と精神科病院は形は異なるものの、ともに生活上の支援と見守りを必要とすること、どちらも「生活の場」が中心であることから、設計するうえで多くのテーマが重なります。双方の施設を設計する機会に恵まれた私たちは、それぞれ施設の質の向上をめざして取り組んでいますが、時として、それは社会的な偏見と施設基準とのせめぎあいの歴史でもあります。

1994年、私たちが特別養護老人ホーム(特養)の設計に初めて取り組んだ当時、これらの施設は4床室が基本で、集団で一堂に会して食事をとる、入浴するという「施設運営の効率化」を前提にした大規模処遇が一般的でした。ある特養の設計で私たちは「特養は他人同士が住まう住宅。居室は狭くても個室に」という提案を行い、25名程度の群構成にすることと個室主体の居室を実現することができました。当時としては画期的なことだったのです。

その5年後、個別ケアを重視し家庭的なスケールで生活するユニットケアという発想と出会い、2つの特養を設計する機会に小集団処遇を基本とする提案をしました。6畳程度の個室3室を多床室的に配置し、それが2つで6名の単位をつくり、2つ合わせて12名のユニットを形成しました。家庭的なスケールと少ないスタッフで見守りができることを両立させたいという思いから取り組んだ結果、新たな施設のあり方を提示できたのではないかと思いました。

さらに3年ほどして新型特養の施設基準が定められ、「居室は8畳以上の個室」「ユニットは最大10床以下」となりました。以降、私たちもその基準にもとづいていくつかの特養を設計しましたが、8畳の個室を10室まとめると妙に間延びし閑散とした空間になり、共用部分のスケールも家庭的なものから逸脱した印象になるように感じています。入居者に個別に対応するため、介護スタッフも基準以上の配置が必要となり、施設経営を厳しいものにしていると聞きます。豊かさを求めたはずの基準が、本来あるべき姿を追求するうえで足かせになっているように感じます。

そのようななかで、住宅的な雰囲気を醸し出すための、また最少のスタッフで効率よく介護が行えるための設えを追求してきました。ユニット相互間の連携が保ちやすく、共用できるものは集約し、効率的な動線によってケアがしやすくなるような提案を積み上げてきました。

刻々と変わっていく状況のなか、より良い提案を導き出すために日々模索はつづいています。事業者自らの決断で独自のユニットケア的な施設をつくった上記2つの事例は、いまも変化する高齢者福祉の需要に応えながら、新しい特養の姿を求めて生き生きと活動しています。大切なことは、入居者が安心して過ごせ、ケアしやすい環境をつくりだすことです。そのためには、もっと多様な選択肢があってもよいのではないか、と私たちは考えています。

2008年発行『50周年記念誌』より抜粋