信頼をつなぐ
鈴木 慶治
2023年11月29日弊社先々代社長、田邊峰雄さんが天国に召されました。享年88歳でした。18年前「新しいワインは新しい革袋に…」という言葉を残して社長を退任され、事務所からは距離を置き、当時病床にあった奥様と自分のために時間を使われていました。その後奥様が他界されてからは清瀬の老人ホームで隠遁生活を送られていましたが、興味のある文献の翻訳をされたり、施設の建築相談にも乗られて、穏やかながら充実した生活を送られていたのではないかと思っていました。
田邊さんはクリスチャンであり、何事にも強いこだわりをお持ちの信念の人でした。その興味は建築・医療福祉や環境問題はもちろん、趣味の絵画、料理、音楽からテニスをはじめとした各種スポーツまで幅広い分野に渡っていました。専門外のことでも「こう」と思ったら、梃子でも動かない「頑固」な人でしたが、人生を謳歌するために何事にも前向きで真剣に取り組む姿勢に私は敬服するばかりでした。情に厚く交友関係も多岐にわたっていました。一旦胸襟を開くとどこまでも信頼して関係を深くしていく、そんな人柄だったように思います。
その人柄ゆえか、田邊さんが初期の段階で関わったプロジェクトは長くその関係性を継続できている傾向があります。私が入社間もなく実施図面を描かせていただいた「市立砺波総合病院」、バブル時代に新しい病院のありようを提案できた「公立松任石川中央病院」、初代関西支社長として個室的多床室を世に出した「西神戸医療センター」、震災被害からの再生を果たした「宮地病院」、そしてご本人発案のダイレクトメールからプロポーザルを経て獲得できた「あさかホスピタル」は、いずれもいまだに施主との深い信頼関係の下、新プロジェクトが動いている事務所を代表する作品です。
ここに至り、各プロジェクトの後任の担当者が、継続してモノづくりに集中できているのは「そうした背景があったればこそ」と気づき、改めて田邊さんに感謝するばかりです。
私たちが取り組む病院はそれを必要とする人々が絶えずいて、これを迎える側はヒトもモノも常に「健康」でなければなりません。しかしモノは時間と共に必ず劣化します。ですから建物も人間による適正な新陳代謝と時代の要請に応える変化をすることで「健康」な状態を保つ必要があります。そのためにも設計者は作品を世に送り出した後も施主と長きに渡ってパートナーであり続け、信頼関係を深め、運用を見守り、次を見据えることが何より大切であると日々感じています。私には田邊さんの真似はできませんが、後に続くものとして、今ある関係を少しでも深め、新しい人間関係を築いていけるよう、社員と共に日々精進し、私たち自身も「健康」であり続けられるよう努力していく所存です。
今後とも、皆様のご指導ご支援のほどよろしくお願いいたします。
(2023年12月25日)