8. クラブハウス

1975 大田クラブハウス・東京・電々公社

はしがきに述べたように、わが共同建築設計事務所は、組織的な設計の共同作業に意を用いてきた。また、そこにおのずから手がける仕事の特色が形づくられ、とりわけ病院、学校、集合住宅等の対象に一所懸命取り組んできたことは事実である。しかし、「住宅」の項で説明したとおり、共同設計は活きいきとした建物を産み出すための方法であって、その仕事の責任を担う設計者の個性と背反するものではないし、そうであっては意味がないとわれわれは考えている。同時に、われわれの対象とする建物の種類もまた、上記以外の多岐にわたることも別表(p・20-23)のとおりである。

その一例として、ここには一つのクラブハウスを掲げておきたい。

これは電々公社職員のための、宿泊・会合などを目的としたクラブハウスである。隣接して体育館も設置された。工場地帯という立地条件と、使用者が特定という建物の性格とから、「閉じた内部空間」の充実を図ることが、設計上ひとつの主題となった。たとえば、光の演出方法-最小限に絞った開口部から、いかに効果的に光を取りこむか-に意を用いたり、部屋のそれぞれに独自の雰囲気を与えることに腐心した。しかし、他方、その閉じた空間の置かれる環境に対して、どのような「外部空間」を形づくることが、周辺地域の住民に、開かれた、なじみやすい印象を与えられるか、が、設計のもう一つの主題であった。その点で、第一にスケール感覚が問題であったし、敷地外周に垣を設けることをせず、アプローチまわりを小公園的に扱うよう試みて、植裁にも意を注いだ。 閉じながら開き、開放的な外観と同時に内部空間の密実さを獲得するという困難な課題ではあったが、何がしか周辺地域に寄付できるスペースを生みえたのではないか、と多少とも自負している次第である。 (東京電気通信局建築部設計課との協同設計による。)

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